佐敷城跡 芦北町

佐敷城は天正17年(1588)築城され、清正の重臣である加藤与左衛門重次が城代をつとめました。文禄元年(1592年)豊臣秀吉の命令で重次も朝鮮に渡りますが、この留守中に薩摩の梅北国兼に占領(梅北の乱)されますが�、留守を守っていた与左衛門の家来の 計略で梅北は殺され、事件は終息します。その後1回目の改築が行われています。
慶長5年(1600)に関ヶ原の戦いに関連して島津軍に包囲される事件も起こり、この後、第改築が行われ、近世城の姿になったそうです。城の破壊は元和元年(1615)一国一城令によるものです。

平成7年に大がかりな発掘調査が行われ、「天下泰平國土安隠」と全面に浮き彫りされた全国でも珍しい鬼瓦や、豊臣家の紋が入った鬼瓦、また、非常にユーモラスな形をした鯱瓦など、歴史的価値の高い様々な品が出土しています。


本丸と二の丸

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芦北大橋も見えます