
田原坂 鹿本郡植木町大字豊岡862 明治の激動西南の役中、最大の激戦地となった「田原坂」。ここ田原坂でその火蓋が切られました。田原坂は、戦国武将加藤清正が道を凹形に深く掘り込み、その坂の両端に土手を積み上げ断崖絶壁にし、通過する敵を攻撃しやすく作った、北から熊本に入るための唯一の坂道である。
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![]() 官軍戦没者6923名 薩摩軍戦没者7186名 |
![]() 17昼夜におよぶ壮絶な戦いで、一日の弾丸使用量は32万発といわれ、弾と弾が空中でぶつかりあった「空中かちあい弾」をはじめ、大砲模型、当時使用の銃器類、電文、錦絵などを展示。 |
![]() 復元された弾痕の家、土蔵造りの家に無数の弾痕があり、 戦いの激しさを物語っています。 復元される前に見たものは、もっと凄まじいものでした。 |
![]() 田原坂公園の美少年像 右手に血刀 左手に手綱 馬上ゆたかな美少年 |
![]() いまは公園となってます。 |
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